親日国スリランカ報告記 ー スリランカ医師 佐伯義弘 ー
《自然豊かな光り輝くインド洋の真珠》
旧セイロン後のスリランカの国名の意は、もともと国民に呼ばれていた『光り輝く(スリ)島(ランカ)』です。北海道の八割位の小さな島国に二千万人程が住んでいます。その名の通りに海の青さや島中が緑に包まれ、象やヒョウ・クマ・ワニなどの多種の動物たち、ヤシやマンゴー、パパイヤ・バナナなどをはじめとする豊富な植物群が見られます。 高さにより熱帯から温帯に至る気候に恵まれた大自然の環境は、国土面積の一割が国立公園や自然保護区となっていて、『インド洋の真珠』と呼ばれ、また、日本の風土や原風景に似たところがあります。 スリランカでは、野生動物による人的・物的被害が毎年発生しているのに、野生動物の宝庫として存続しているのは、人々の仏教の殺生戒・諦観や人生観・自然観によるものといわれています。
仏歯寺
世界遺産:聖地キャンディ 王位継承の象徴であり、民族最高の象徴である、釈尊の歯を安置する仏歯寺。スリランカ仏教の総本山。(紀元前543年にインドで釈尊を火葬した際の仏歯である。)(本人)
《明るく親日的な紀元前からの仏教伝統国》
人々は明るく朗らかで人なつっこく話しかけてきます。国民は非常に親日的で、人口の七割が敬虔な仏教徒で、日本以上に国中の人々の日常生活や文化・政治の中に仏教が深く入り込んでいます。仏塔などの仏教施設の多さにも驚きです。僧侶は、エリートで、交通機関の特別席扱いなど日本以上に尊敬されております。僧侶には、妻帯は許されていないなどの厳しい制約がありますが厚く国民に支えられ、質素に修行に勤めております。
紀元前3世紀頃、インドのブッダガヤから運ばれてきた釈尊悟りの菩提樹の分け枝から大事に保護され続けてきた(スリー・マハ菩提樹)世界遺産アヌラーダプラ(スリランカ最古の都市) この近くのミヒンタレーには世界で最古といわれる病院跡が残っています。
《日本本土分割阻止・独立のエピソード》
日本との関係では、敗戦後の日本の将来を決める一九五一年九月のサンフランシスコ講和会議の際に、後程、大統領に就任することになる、当時の全権大使のジャヤワルダ氏が日本とセイロンは仏教国として千年以上の仏教を共有しており『憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によってのみ止む』という釈尊の言葉を格調高く引用し、『セイロンは対日賠償請求を放棄する、日本の自由と独立が阻害されてはならず寛容の精神を求める、ソ連の制限案には反対する』と演説すると各国代表も感動し、日本本土の分割が免れたともいわれ、吉田茂首相や日本国民が感謝したというエピソードのある国です。日本はその後、スリランカにスリージャヤワルダナプラ総合病院を建設寄贈するなどの多くの援助をしてきた間柄にあります。
《近況=建設ラッシュ・興隆期》
最近のスリランカの国内状況は、先月の五月(二〇一三年)に、内戦終了四年の式典が行われ、小生もホテルの最上階から海岸沿いに設けられた式典の一部始終を観させていただきました。現在は、内戦終了後の復興時期にあり、日本でいえば新幹線や高速道路建設さらに東京オリンピックの開催時期と同様の活気ある国の建設ラッシュ期にあたっていると思います。先日の世界の観光調査では、風光明媚で世界遺産が多く集まり、温和な国民性の仏教国のスリランカが世界で一番行きたい国に選ばれたと聞きました。
2004年12月26日のスリランカ津波被害の本願寺慰霊記念碑
象の孤児院の象(川遊び)
《仏教事情の報告にあたり》
ところで、皆様の御関心事である、スリランカの仏教事情につきましては、小生はスリランカの医師という立場にあり、居住権も医師の治療活動として認められているということから、皆様のように日常の僧侶活動としての目からの報告ではなくて、日本の愚僧が見聞きしたことを報告させていただくということになります。
《事実上の国家宗教=複雑な仏教》
スリランカの宗教は、国民の七割が仏教徒であり、信仰の自由が認められているものの仏教が事実上の国家宗教であり、政府による特別な保護を受けています。一般に、日本仏教のような大乗仏教に対して、スリランカの仏教は上座部仏教と呼ばれています。しかし、上座部仏教といっても単純ではなくて、自己の求道精神を貫くワナワーシー派などと、大乗仏教に似て、民衆に関わる重要性を掲げるガマワーシー派やその分派などと複雑です。さらに複雑となるのは、一般寺院が神仏混合(釈尊は超越神、仏教に帰依する神々が脇侍的機能分担)の形態をとり、僧侶と神職が同居(僧侶が上位であり、神職は妻帯可)することがあるのです。来世の問題で仏を信仰し、庶民の現世利益的なところで神々が信仰され、民衆仏教とかシンハラ仏教と呼ばれる実態があります。さらに事実上残存しているカースト制も宗派に影響していることです。一言でスリランカ仏教が上座部仏教であるとは言いきれないのです。この事実上存在しているカースト制は、インドのような明確さはなく表面上の差別はそれほど感じられませんが、現在でも結婚などに関しては障害となっており、その他複雑・微妙なものがあります。 仏教以外の宗教では、キリスト教、ヒンドゥ教、イスラム教などがあり、共存状態です。
ダンブッラ石窟寺院
(第1~第5窟)
(入口の黄金の大仏)
世界遺産(妻と)
2004年12月26日のスリランカ津波被害の本願寺寄贈の慰霊の金の大仏 現場近くは、走行中の列車の被災地。インド洋を臨む。
《仏教行事と満月》
釈尊の誕生日は、日本の四月八日とは異なり五月の満月の日に祝います。この日は、ウェサック祭が行われ、釈尊の生誕・成道・涅槃・スリランカへの仏教伝来の日として記念し祝います。この日、寺院では八戒の実践・供養・布施・説教・瞑想などが行われ、国民は寺院に参拝し、道路も平日以上に渋滞・混雑となります。
《満月は特別の日・公休日・月リズムと健康》
満月の日は、スリランカでは特別の日にあたります。満月の日に、釈尊の生誕があり、成道があり、涅槃があり、仏教伝来があったとされていることによるものです。満月の日は、(フルムーン)ポヤ・デーと呼ばれ、公休日とされ、役所や銀行なども閉まり、身体を休め、信仰と家族安息の日とされます。寺院へ参拝する聖なる日であり、アルコール類は口にしない、子供たちは、お寺で仏教について学ぶ日で、私もときどき仕事の予定が狂って戸惑ったことがあります。このことは、現代の太陽暦の他に、月の満ち欠けリズムである太陰暦(月暦)も採用している独特な二元的な暦であり、外国人女性の生理不順などが楽になると云われるような健康面の生理や精神活動に好影響を与えているようです。
古代から仏教僧の修験場であり、一時、岩山の頂上に王宮があった。シーギリヤ・ロックの入口。世界遺産~古代都市 シーギリヤ (本人)
《スリランカの星占い》
スリランカでは、インド同様に占星術が盛んで、結婚や仕事・政治などにも及びます。 正月の新年も四月の十三日から十四日の間の占星術で決められた日となっています。スリランカの占星術は太陽と月の運行を基準とするなど宇宙の動きとの一体が見られ、インド同様に宇宙から発想する哲学が生むアーユルヴェーダやヨーガが発達しています。真言密教や禅宗はヨーガの修行そのものだと云われることもあります。釈尊の主治医であったジーバカはアーユルヴェーダの名医でした。鑑真和尚はアーユルヴェーダで特徴的な服石=鉱物治療学の専門家で、胸痛患者に処方したと日本最古の医学書『医心方』に記述があります。
アヌラーダブラ(世界遺産) 紀元前から栄えた古代仏教王国の都市のルワンウェル・サーヤ大塔。紀元前3世紀、インドのアショーカ王の王子マヒンダによって伝えられた仏教はこの地からスリランカ全土、ミャンマー・タイ・カンボジアへと世界各地に伝えられた(上座部仏教)。(妻と)
《スリランカのお寺事情》
〈経典〉スリランカの経典は、サンスクリット語やパーリ語で書かれています。一般民衆には理解が困難なようです。
〈出家〉出家年令は七才からで、一般には十才前後で得度式を受けた後に、十年ぐらいの厳しい見習い修行を行い、
成人して資格ありと認定されると具足戒(ウパサンダー)を受け正式に僧侶となります。
〈僧名〉出家しての僧名は、僧籍=戸籍名となり、対外的なパスポート類も僧名です。
〈僧衣〉僧衣は無常観を表す落ち葉の黄褐色系のみで、位階によるものはなく、すべての行事で同じものです。
〈寺の継承〉僧侶は妻帯禁止ですから独身で子供はいません。後継者は弟子の中から選ぶことになります。
〈雨安居〉雨季の七月の満月から十月の満月までの雨安居(ワッサ)で僧侶は寺院に定住し修行に励みます。
〈参拝〉寺院は神聖な区域とされ、脱帽し、履物を脱ぎ静かに参拝することになります。
古代から仏教僧の修験場であり、一時岩山の頂上に王宮があった。高さ195m。(岩山の中腹には美女の壁画)世界遺産~古代都市シーギリヤ (本人)
〈日本のお寺にあって、スリランカのお寺にないもの〉
盂蘭盆会(お盆)はありませんし、戒名授与もありません。寺院敷地内にお墓を作ることもありません。
《密接なお寺と檀家》
お寺と檀家は密接で一生を通して深く関わっています。在家の一般人は、仏・法・僧に帰依し、幼児の時から「三帰依」を唱え、五戒(パンシル)を知り、お寺の日曜学校に通い仏教を学びます。仏教の教えは、日常の生活の中に浸透しています。お寺は、悩み事の相談などにも応じ、地域社会で重要な役割を果たしています。僧侶は、毎日の食事やお寺の維持まで、お布施(ダーナ)や供養で生活していて、檀家の協力は、日本以上に強いものがあります。
《僧侶の妻帯禁止と女性差別批判について》
スリランカでは、妻帯者は、もはや僧侶ではありません。求道者の心を乱すものとして女性を排除することで仏教が女性差別をしていると非難されることもありますが、キリスト教の修道女と同じように、釈尊時代からの尼僧の存在を考えると「女性宗教としての仏教」の存在が認められ、差別非難はあたりません。
《後書き》
以上、スリランカの寺院内で僧侶生活を送ったことのない愚僧が、医師の立場で見聞きしたことを述べさせていだきましたが、ぜひ皆様にも、親日的な仏教国スリランカに興味を持っていただけますように願って止みません。
古代から仏教僧の修験場であり、一時岩山の頂上に王宮があった。高さ195m。(岩山の中腹には美女の壁画)世界遺産~古代都市シーギリヤ (本人)